NewRevolution♪team59ers オープニング記念講演会


夢は叶う。夢は実現する。

そのことを心から実感し、

今日から夢の実現へ向けて動き出して下さい。

あなたはいくつまで”夢”を持っていましたか?

あのころに戻って、”夢”もう一度。


「人生が変わる!『夢・実現力』」著者・夢実現のスペシャリスト

「夢??」

「夢」なんて叶う訳がない。

「夢見ている場合じゃない」

そう思っていたから、

「夢」という言葉自体、使うことがなかった。

やりたいことを見つからずに毎日同じことの繰り返し。

「夢」を信じられない・・・「夢」をあきらめてしまった・・・

そんなあなたへ。

「夢」は叶います。

「夢」は実現するのです。

「夢」を夢で終わらせないために。














あなたは、「夢実現のスペシャリスト」 早川周作さんを

ご存知ですか?



まずは以下の経歴をご覧ください。


16歳、高校浪人


18歳、家業の倒産、父親の蒸発


19歳、新聞配達をしながら、夜間大学へ進学


21歳、学生起業


25歳、元首相に弟子入り


28歳、国政選挙へ出馬・落選


32歳、日本最大級のベンチャー経済団体を創り上げる




なかなか壮絶な人生ですね。

でも、縁なし、コネなし、金なしの男が、次々と襲いかかる逆境をはねのけて、

なぜ、次々と「夢」をかなえることができるのか?早川さんは断言します。


「夢は必ず実現する。」 と。



「夢」を叶える、

この種のセミナーではよくありがちなテーマではあります。

しかし一度、彼の話を聞くと、誰もが眼の色を変えて、前のめりになって聞きます。

最初は「誰?」といったふうになっていた人も

わずか数分後には必死にメモをとっているのです。

そして話が終わるころにはみんな、顔をキラキラさせているのです。

文字通り、彼の話を聞いてハートに火が付いているのです。

そして言うのです。



「夢は叶うものなんだ」


「情熱を持って、夢を追いかけます。」



どうしてなのでしょうか?

早川氏はわずか19歳で死を覚悟するほどのどん底を経験しながら、

たぐいまれなプラス思考と情熱で、次々に夢を実現してきました。



「20代で国政選挙に出る!」


「日本最大のベンチャー経済団体を作る!」



「個人の夢実現を応援するプロジェクトを立ち上げる」




…など、どんな状況であっても夢を持ち、夢を語り、夢を実現させてきた、文字通り、

“夢実現のスペシャリスト” です。


また、自分の夢だけではなく、個人の夢実現をサポートし、

ベンチャー企業の業績をサポートし、

そして日本経済、日本社会を変革しようと志を掲げている

まさに 「夢実現」の応援団長 です。


ハンディがあっても、何度失敗しても


コネがなくても、お金がなくても、

夢があれば、そして夢を語り続けることができれば

必ずチャンスが与えられ、

誰もが自分らしく夢をかなえられる道がある

それを自らの人生で体現し、

また、多くの会社、個人をサポートしてきたからなのです。

そんな夢実現のプロ・早川周作が


あなたの「夢」を絶対に「夢」で終わらせない、

夢実現のヒミツををお伝えします。


夢が持てなくて悩んでいる人へ

夢を見ることも、語ることも忘れてしまって、いま下を向いている人へ、

夢を持って実現に向けて走っている人へ、


是非この話を聞いて欲しい。


そう思うのです。

必ず、大きな力となってあなたを後押ししてくれるでしょう。





5月15日(土)、大阪にて


あなたの人生を変えて下さい。そして「夢」に向かって歩み始めて下さい。


あなたの夢は叶うのだから。


彼の話を聞いて、

「夢」実現へのヒケツを手に入れて下さい。





「人生が変わる!『夢・実現力』」著者・夢実現のスペシャリスト




早川 周作の 「人生が変わる!夢の叶えかた」講演会


講演内容

夢って何?夢のカタチ

夢のカタチは一つじゃない。あなたらしい夢、そこから始めよう。



早川式 夢の持ち方・叶え方

どんな夢だっていい


「いい車に乗りたい」「いいお店で美味しいご飯を食べたい」

「海外旅行に行きたい」


まずは、なんだっていいのです。身近なところからでも。


そしてそれを●●するのです。

今から、するのです。



「夢」が「夢」で終わらない。夢が実現する7つの法則


1.情熱。これが源泉。


夢と情熱これが、実現への最重要条件。

情熱はどうやって生まれてくるのか?





2.魅力 → 応援され上手になる

夢をかなえるには、その夢に「叶えさせたい」と思わせる魅力が必要です。

人としての魅力を持つには?夢が自分から近づいてくるそんな魅力の持ち方とは?





3.どんな相手でも会える。夢が叶う人脈ができる。

今は全く人脈がなくてもいい。早川氏もカネなし、コネなし、人脈なしから

今の地位を築きました。

でも、夢を発信すれば必ず味方が現れる。

その人はあなたの夢を叶えてくれる夢人脈です





4.ワクワクしながら努力する方法

努力がつらいのは、その先に何があるか分からないから。

その先に何があるのか?それが分かれば楽しみながら最大限の努力が出来ます。

ワクワクしながら努力することができれば鬼に金棒です。





5.ピンチをチャンスに変える発想とは?

うまくいかないとき。その時にどう考えるか、それが夢が叶う人と叶わない人との違いです。

早川周作はどのように考えて、ピンチをチャンスに変えているのか?





6.シュミレーション ただ夢を見るだけじゃ実現しない

ほとんどの人が、ただ夢を見るだけで、具体的なシュミレーションをしていないのです。

どんな状況であっても夢をことごとく実現させてきた、早川式シュミレーション法とは?

ココが、早川周作が夢実現のスペシャリストたる所以です。





7.夢を語ることが、どれほど重要なのか?

「20代で国政選挙に出る!」「日本最大のベンチャー経済団体を作る!」

次々と夢が実現するためには、「夢を語ること」に秘密があったのです!!

さあ、夢を語りましょう!夢を語り、夢を実現させましょう。






夢の実現へ・・・


誰もが「夢」を持っていたあの頃・・・


誰もが「夢」を実現するチカラがあることを知って欲しい。



※内容は展開により多少変更することがあります。あらかじめご了承ください。



早川さんの話は当日の盛り上がりでドンドン脱線しますので、これ以上何が飛び出すかは当日のお楽しみです!

早川周作は叩けば叩くほど、いい味出します。ぜひ、当日バンバン質問して、引き出してください。







早川周作からあなたへ・・・



はじめまして。早川周作と申します。


私は、何不自由なく過ごした幼少時代から一転、

19歳で一気にどん底を経験しました。

父は蒸発し、家は借金取りに取り上げられ

役所に相談に行っても、「お前らに家なんか必要ない」

と厳しい言葉を浴びせられました。


絶望の中、命を絶とうとしたとき、最後の最後に

救ってくれたのは「このままでは終われない

母を幸せにしたい!」という







まさに一筋の光のような’夢の力’でした。


そして『縁なし、コネなし、金なし』の状況から

死に物狂いで働き、今日まで夢を次々と叶えて

きました。


その中で、たとえ今がどんな状況であろうと、


夢を持ち、情熱を持って発信し続けると、


節目節目で必ず誰かが手を差し伸べてくれると


いうことにも気付いたのです。

そして今・・・


私にはどうしても叶えなければならない夢があります。



「どんな状況の人でも、ひとしく夢を実現できる社会を作りたい」



私は、これまでの自身の体験を踏まえて、

これまでお世話になった人に恩返しをしたい、


そして誰もが夢を持ち、夢を語り、夢を実現できる社会に


したいという想いで、日々、個人の夢実現やベンチャー企業を


成功に導くサポートをさせていただいております。



今回、ご縁あって初めて大阪の地で講演させて


いただくことになりました。


この巡り合わせに感謝を申し上げるともに、



「夢が持てない」



「夢はあるけどどうせ無理」



「夢の実現の仕方がわからない」



そんな方々の夢実現のお手伝いをすることが、


私の使命だと思っています。



「夢は絶対に叶う」と思えた時から、すべては始まります。

5月15日、この日が皆様が夢実現に向けて

一歩踏み出すきっかけとなりましたらこんなに


嬉しいことはありません。



皆様にお会いできますことを心から楽しみにしています。



2010年4月吉日  早川 周作





早川 周作 プロフィール


日本リーディング総合法務事務所 代表
株式会社 プロFPJapan  代表取締役
その他、多くの会社の役員を兼任


1976年12月17日、秋田県に生まれる。
建設業を営む裕福な家に生まれ、何一つ不自由のない少年期を過ごす。

またひとよりもやんちゃな小中学生時代を送り、
その結果、受験した高校がすべて不合格になるという挫折を経験する。

土木作業員として社会の荒波にもまれる中、向学心に芽生え高校受験を決意。
努力の甲斐があり、故郷秋田を離れ、千葉県の進学校に見事合格。
厳格な掟に縛られた高校生活を送る。


そんな恵まれていた生活が、ある日突然何の前触れもなく終わりを告げた。
家業の建設会社が倒産し、父が蒸発した。

すべてを失い世間の冷たい風が、容赦なく親子二人に吹き付ける。
親戚縁者はもちろん、行政も二人を助けてくれなかった。

「お前らなんかに住む家はなくてもいい」そんな言葉を浴びせられ、無理心中寸前
まで親子は追い込まれた。


そんな中、救いの手を差し伸べたのは一人の法律家だった。

「ここで死んでは何のために生まれてきたかわからない」
と土壇場で立ち止まり、

「自分と同じような境遇の人を救いたい」、そう誓いを立てて、
前向きな上昇志向で、大学進学を目指して上京。


朝の新聞配達から深夜の皿洗いまで、アルバイトをして学費を作り、
六法全書を抱えて、自分を助けてくれた法律家のようになるべく夜間の大学へ進
学。


法律家を目指していたある日、ひとつの転機が訪れる。
級友に弁護士との会食を誘われた。千載一隅のチャンスを逃してはなるものかと
くらいつき、アルバイトであるが法律事務所で働くこととなった。
手に入れたチャンスを逃すまいと必死に働いた。


ある時、事務所の経営者からなぜそんなに働くのかと聞かれた。

「母親と二人で生活できるようになりたい。」

うそ偽りのない素直な気持ちで答えた。
その言葉をきっかけに新たな仕事が与えられた。
ここでも働きに働いた。昼も夜も、オンもオフも関係なく働いた。

その見返りは学生の身分では考えられない額の報酬になって返ってきた。


それだけではなかった。もっと大きなチャンスの女神が再び目の前を横切った。


投資家から数千万円の出資の話が来た。


ためらうことなく、そのチャンスを掴み取った。


大学生でありながらも、不動産会社を立ち上げた。
社長になったといっても、コネがあるわけでもなく、金があるわけでもない逆境だった。


午前6時から午後10時まで足を棒にして、一軒一軒のオーナーを回った。

炎天下の中でも回った。冬の日でも回った。水をかけられることもあった。
そうした苦労が報われた。

しかし、会社が成長するにつれて、ある疑問が頭をよぎった。


「このまま上場することだけを考えていいのだろうか、
      それが社員の幸せにつながるのだろうか?」


誕生から見守り育て上げた会社を人手に渡すこととなった。


一方で、平成という時代の歴史においてかつての政権交代に
大きな役割を果たした元首相の二人の存在は大きなものであると常々考え、


元首相の二人に直接対面しようと考えた。

元首相に出会ったときに、新しい世界が目の前に開けた。
次の舞台は政治だと直感的に悟った。


父の蒸発をきっかけに、国や地方に何もしてもらえなかった経験と、
蒸発した父のように事業に失敗するとセカンドチャンスがないこの国の行政に対して、

「嘆くぐらいなら自分が変える!」と決意。

体当たりで懇願した。元首相からは「君の目なら政治家になれる」と言われ、

元首相の秘書として2年半勉強しつつも、
虎視眈々と羽ばたく機会を待った。

その時はついに訪れた。

鳥取という縁もゆかりも無い地で郵政選挙という
とてつもない逆風が吹き荒れる中、
大臣を勤め上げた大物二世議員に挑んだ。
しかし、大きな壁の前に敗れ去った。






























捲土重来を期するべく、再び挫折から立ち上がった。

現在は80社もの顧問会社を持ち、日本最大の規模を誇る
ベンチャー企業交流会『ベンチャーマッチング交流会』を主催する一方で、
夢を持てなくなった大人たちへのサポート活動にも力を注ぐ。


「ハンディがあっても、何度失敗しても、コネがなくとも
 チャンスが与えられ、若者が夢を持てる社会にしたい」

と幅広く活動している。講演を聴いたものは一様に
「夢は絶対に叶うという確信が持てた!」
「夢を実現するために今日から何をすべきかわかった」と語るなど、
ハートに火をつけ、それぞれが持つ夢の実現に向けて行動に駆り立てるメッセージを発信し続けている。


2009年8月15日には本田健氏、澤上篤人氏を招き500人を集める講演会を開催。

2009年12月に初の著書「人生が変わる!『夢・実現力』」を出版。

2009年12月17日東京にて
TERAKOYA第2弾セミナーに登場!
350名超満員の前で熱く語る!!


2010年2月には二作目となる「小さい夢から始めよう。」を出版。

2010年には個人向け夢実現プロジェクト『夢のカタチはひとつじゃない』をスタート予定。















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